「元請けから仕事は途切れずに来る。でも、支払いは3ヶ月後」
「エンジニアの給与は毎月払わなきゃいけないのに、入金は先」
零細のSIer・SES企業を経営していると、こういう板挟みは日常です。これは経営が下手なのではなく、IT業界特有の「多重下請け構造」というビジネスモデルの構造上の問題です。
この記事では、なぜこの構造が生まれたのか、そしてその中で資金繰りをどう乗り切るかを整理しました。
1. IT業界の「多重下請け構造」とは
日本のシステム開発では、大手SIer(元請け)が大型案件を受注し、それを一次請け、二次請け、三次請けと再委託していく構造が一般的です。よく「建設業の重層下請け構造に似ている」と言われます。
商流が長くなるほど、各階層がマージンを取るため、末端に近い企業・エンジニアほど単価が下がりやすい構造です。経済産業省の調査でも、発注側(元請け)と受注側(下請け)の間に生産性の格差があることが指摘されています。
2. なぜ零細IT企業の資金繰りが厳しくなるのか
この構造の中にいる零細企業の資金繰りが厳しくなる理由は、主に3つに整理できます。
① 人月商売で人件費が先行する
SES・受託開発は「エンジニアの稼働時間×単価」で請求する人月商売が基本です。エンジニアの給与は毎月確実に発生しますが、その稼働分の請求書が入金されるのは翌月末〜翌々月末というのが一般的です。売上が伸びるほど、先に出ていく人件費も増えるという、成長すればするほど資金繰りが苦しくなりやすい構造です。
② 元請け・一次請けに対して価格交渉力が弱い
階層が下がるほど、支払い条件(サイトの長さ・単価)を自社の都合で変えてもらう交渉力は弱くなりがちです。「早く払ってほしい」と言いにくい構造そのものが、資金繰りの問題を長引かせます。
③ 案件の谷間で資金が枯渇しやすい
プロジェクトの切れ目や、大型案件を受注した直後の先行投資(増員・外注費)のタイミングで、口座残高が薄くなることがよくあります。
3. フリーランス新法は自社に関係あるか
フリーランス・事業者間取引適正化等法(フリーランス新法。正式名称:特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)は、2024年11月1日に施行されました。個人で働くフリーランスに業務を委託する発注事業者に対して、取引条件の書面等による明示や、報酬の支払期日の設定などを求める法律です。支払期日は、物品を受領した日や、役務の提供を受けた日から60日以内の、できる限り短い期間で定める必要があるとされています。受領の拒否や、報酬の減額などの禁止行為には、1か月以上の業務委託であるなど、対象になる条件があります。
また、一定の条件を満たす取引は、下請代金に関する法律(2026年1月1日から「中小受託取引適正化法」(取適法)に改称)の対象になります。プログラム作成は、公正取引委員会の資料でも、同法の対象となる取引類型のひとつとして整理されています。どちらの法律が、自社の取引に当てはまるかは、資本金や従業員の数、取引の内容などの条件によって異なります。公正取引委員会や中小企業庁の案内で、確認してください。
この法律の保護対象(特定受託事業者)は、基本的に従業員を雇っていない個人事業主・一人社長の法人です。エンジニアを複数名雇用している零細SIer・SES企業が「発注する側」になる場合は、この法律の適用対象外になるケースがあります。詳細は公正取引委員会のサイトで確認できます。自社が一人社長・個人事業主エンジニアとして元請けから仕事を受けている場合は、逆にこの法律で保護される側になります。
4. 人月商売の、入金と支払いの時間差(仮定の例)
説明のための仮定です。エンジニア3人をSESで派遣し、1人あたりの月の請求を80万円、給与と社会保険料などの会社の負担を、1人あたり月45万円とします。月末締め、翌々月末払いの契約です。
| 項目(仮定) | 金額 |
|---|---|
| 月の請求額(80万円×3人) | 240万円 |
| 月に先に出ていく人件費(45万円×3人) | 135万円 |
| 稼働を始めてから、最初の入金まで | 約3か月(稼働月、翌月、翌々月末) |
| その間に、先に払う人件費の累計(目安) | 約405万円(135万円×3か月) |
新しい案件で、人員を増やすときには、この「最初の入金までの立て替え」が、必要になります。受注が増えるほど、先に出ていく金額も大きくなります。実際の数字は、単価、給与、支払条件によって異なるため、自社の数字で、一度、表にしてみてください。
5. 請求書と、取引の裏付けになる書類
SESや受託開発の請求書は、稼働や成果物の内容が確認できるかが、重要になります。取引が実際にあることを示す書類として、次のようなものが、求められることがあります。
- 業務委託契約書(準委任契約・請負契約など)、発注書
- 稼働報告書、作業報告書、検収書
- 請求書(宛名、金額、請求日、支払期日が明確なもの)
- 通帳のコピー(元請けや取引先からの、過去の入金が確認できるもの)
請求書の宛先は、自社の直接の取引先(一次請け、二次請けなど)になります。商流の上にいる、元請けの信用力が、そのまま審査に使われるわけではありません。必要書類の詳細は「ファクタリングに必要な書類一覧」をご覧ください。
6. 契約前に確認したい注意点
① 取引先との秘密保持契約
IT業界では、取引先と秘密保持契約を結んでいることが一般的です。ファクタリングの申込みでは、請求書や契約書などを、ファクタリング会社に提出します。その内容が、秘密保持の対象にならないか、契約書で確認してください。判断が難しい場合は、弁護士に相談してください。
② 契約書の譲渡制限
取引先との契約書に、債権の譲渡を制限する条項(譲渡制限)がある場合があります。2020年4月1日に施行された改正民法では、譲渡制限があっても、債権の譲渡そのものは原則として有効とされています。ただし、債務者が、譲渡制限を知っていた譲受人への支払いを拒める場合があります。
③ 2社間と3社間、債権譲渡登記
2社間は、原則として取引先への通知を行わない形態で、3社間は、通知や承諾が必要です。3社間は一般に手数料が低めになる傾向がありますが、取引先に資金調達の事実が伝わります。債権譲渡登記は、法人が行う金銭債権の譲渡が対象の制度で、個人事業主は、別の方法がとられます(法務省の説明)。契約前に、登記の有無や費用を確認してください。詳しくは「2社間・3社間ファクタリングの違い」で説明しています。
④ 償還請求権と、手数料の総額
取引先が支払えなかったときに、買い戻しや弁済を求められる条項(償還請求権)がある契約は、実質的に貸付に近くなります。また、手数料率だけでなく、登記費用や事務手数料などを含めた、手元に入る金額の総額で、複数社を比べてください。手数料の考え方は「手数料の相場と節約術」で説明しています。
7. ファクタリング以外の手段
ファクタリングは、手数料がかかる、選択肢のひとつです。次のような方法も、あわせて検討してください。
- 契約条件の見直し:支払サイトの短縮、請求の分割(マイルストーンごとの請求)、検収の期限の明記などを、取引先に相談する。取引先との関係や、契約によっては、難しい場合もあります
- 日本政策金融公庫などの融資:創業期や、小規模事業者向けの制度があります。「新創業融資制度」は2024年3月31日で終了し、4月以降は別の制度が用意されています。条件は変更されることがあるため、公式サイトで確認してください
- 人員を増やすタイミングの調整:新しい案件の稼働開始と、最初の入金の時期を考え、立て替えが大きくなる月を、事前に把握しておく
- 取引先の分散:特定の取引先への依存度を、下げる
ほかの方法との比較は「資金調達サービス比較ツール」で確認できます。
8. ファクタリングの具体的な使い方
この構造の中で、ファクタリングは「支払いサイトの長さ」そのものを短縮する手段として使えます。
- SESの月次請求書を毎月ファクタリングに出し、資金繰りのサイクルそのものを安定させる
- 大型案件受注直後、外注費・増員コストが先行するタイミングでスポット的に使う
- 直接の取引先(元請け・一次請けなど)が信用力のある企業であれば、自社の実績年数にかかわらず、審査で評価されやすい傾向がある(売掛先の信用力が重視されるため)
- 取引先に知られたくない場合は、2社間を検討する(ただし手数料は高めになる傾向がある)
ファクタリングを毎月使わないと資金が回らない状態が続く場合、それは一時的な資金繰り対策ではなく、単価・支払い条件そのものに構造的な問題があるサインです。元請けとの契約条件の見直しや、日本政策金融公庫への融資相談も並行して検討することをおすすめします。
9. よくある質問
まずは無料で相談してみましょう
月次の請求書、受注直後の請求書、どちらでも構いません。相談は無料です。
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📝 この記事のまとめ
- IT業界の多重下請け構造は、建設業と同様に商流が長く、末端に近いほど資金繰りが厳しくなりやすい
- 人月商売という業態上、人件費の先行と入金の遅れという構造的なズレが生まれる
- フリーランス新法は「従業員のいない事業者」が対象。零細SIer・SES企業が発注側になる場合は対象外になりうる点に注意
- ファクタリングは、自社の商流上の立場より直接取引先の信用力で審査される